老いる喜び

老いるというより今までが、そして今も尚幼稚すぎるだけなんだけど
灯籠に描いてある子どもが描いた絵を見て思った

子どもでも性格が歪んでいる子はいる
性格が歪んだ子が描いた絵は歪んでいる
もっと言うと歪んでいない子どもなんていない
皆違うベクトルでそれぞれ狂っていて、それが絵に出ている。
親類や自分自身を描く際に現れる子どもの絵特有の描線の歪み、大きさ、配置の中に、不安や葛藤や虚無的な暗い気持ちが隠れていると悲観的に想像する。
皆、各々のベクトルで親の偏光的な教育や社会の歪み、愛情の不足に耐えかねて、心が潰れている。
「この社会はきっと腐敗している そうに違いない」
と俺が子どもの頃は、同年代の子どもの絵を見て思っていた。
それが少し変わった。
今なら思う、大丈夫だから。不安で。それだけ感情があるってことだから、それが自分を成長させてくれるからと。

10年やそこらじゃ町は変わらない。何かに溺れているのに、何かが足りない。
そんなアンバランスさがにじみ出た顔が今日も並んでいる。
「誰かが変えなくちゃ
でも誰かが変えてくれたんだろう」
ほんの少しの振る舞い1つで人の心は救われたりどん底に落ちたり そんな、黒や白の小さな優しさの1つ1つが見えないところで社会を変えたんだろう
俺の頃と少しだけ違う
ああ、俺も伝えなくちゃいけないことがたくさんあるんだ、上手く伝えられるだろうか
泣かせたらごめんな
俺も受け取らなくちゃいけない言葉がいっぱいあるんだけど ちゃんと受け止められるだろうか
絵の中からは10年前の子ども達を苦しめた悪いものは成仏するように消えていて
皆もう忘れてしまったんだと思った。 それは嫌なことから逃げた結果、思い出せなくなるんじゃなくて
もう乗り越えたから思い出せなくなる、そんなこともあるんだなって
子どもの絵を見て思った
だけど中には苦しみの中に囚われてしまった人もいるから
今はもう目に見えないものを大切に思えないなら、きっと同じものがもう一度襲ってくるんだな、と。
要するに、手合わせないとな。

新しい花が芽吹くように
子どもの絵は誰かを慰めていた
花が死者を慰めるように
未来は想いを託すためにあるんだなぁと
うーむ将来結婚とかして子どもとか出来ても、親バカにはなりたくないんだけど、俺はそのタイプかもなあ

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