抱き殺す山

ニート時代、ママチャリで山深い林道を走ったり、他県までよく行ってた。
目的もなく道に迷い、綺麗な風景を目に焼き付けて帰る。危険な目にも何度もあったけど。
深い山とかって静かで落ち着く。空気も綺麗で、人間も居ないからまったりできるし、帰りたくなくなる。
憎くて嫌いな街が豆粒みたいに見える。握りつぶせそうなくらい。空が近くて、ジェット気流だかなんだか、大気が渦巻く音が近く聞こえる、天使の羽根に抱かれているような錯覚。

俺は登山客が絶対に来ないような場所に行ってた。何の装備もなく、垂直に近い崖を登ったりしてた。
命があるのが奇跡なくらい危険なことをしてた。
松ぼっくりやどんぐり、時期ならパキッッッ!っつって枝から落下する音、静かすぎるもんだから、何十、何百メートルも先の、それっぽっちの音が、まばらな所ではどこまでも響き渡る。嘘みたいに背の高い杉の木に囲まれて叫んでみると声は木や土に吸収されて水の中で叫んだかのように応えがない。実際には遠く響いているのだろうが自分の耳には何も返ってこない。
(都会はコンクリートに反響しているから。)
長く人の手がつけられていない場所。消費期限に「昭和36年」と印字された加工食品の袋が濡れた土に埋まっていた。
ファンタ、コカコーラとカタカナで記載されたジュース缶、「前田」という名札が付いたグレーの作業着。
自殺でもあったのだろうか、誰かの供養をするように配置された酒瓶、活けられて腐った花。
傍には花屋で売っているものよりもずっと立派な野生の百合がいくつも咲き誇っている。見世物のためじゃない、本物の命の力強さ。
 そこでは命が静かにゆっくりと営まれていて、バカな人間に汚されることなく生きている。
遭難したり滑落して死ぬか死なないかの心細さと、孤独や不安を強く感じると同時に、大自然との一体感に胸をなでおろす。
死ぬ覚悟をして行く、そういうのが魅力。

デメリットはもちろん危険だということ。蜂に刺されたり、怪我をしたり、大型トラックにひかれそうになったり、
でかいニホンザルに追われたり、狭い逃げ場のない道でイノシシに遭遇したり、マムシに遭遇したり、
落石が目の前に落ちてきたことある。運が良かったので生きてますが。
生産的ではない行為だし。家で勉強したりバイト行ってるほうが生産的。

独りになるという行為は、心理的には人生の問題との直面や情報や感情の処理を促す部分はあると思うんだけど、
同時に、問題から逃げたいっていう気持ちの現われでもあって、登山やアウトドアは、状況の解決そのものはしてくれないよっていう。むしろそういう問題を受け入れてちょっと楽になるけど、
結局気持ちのモヤモヤを解決するのは建設的な行動が必要ですよっていうことを山が教えてくれる。
優しくて厳しいビッグマザー、ネイチャー。思考をクリアにしてくれる。

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