謝罪スキル レベル1習得

まあ主に会社関係のことを書いてるんですけど、これを身近な人間関係とかに置き換えて読んでみてください。
まあ謝罪に関する事なんで、どう読んでも暗い内容で面白くはないと思いますが。
あと、雑に書いちゃってすいません。正直読んだら時間無駄にすると思います。
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謝罪や感謝は行動で示すべきだけど
たとえば金銭や物品、奉仕活動など、分かりやすい形にすればするほど薄っぺらくなる。
あくまで言葉での謝罪と同時に行わなければならない。


謝罪とは、関係を円滑にするための道具。潤滑剤のようなもの。
お互いの意見のすり合わせ、方向性の再確認。

企業と顧客でいうと、たしかにやりとりは金銭と商品のギブアンドテイクでしかないけど
それでも血と汗を流して作った商品を、血と汗を流して働いて稼いだ金でやり取りしていることは縁であり、喜ばしいことであると企業として考えている。
そこには気持ちの上での「ありがとう」がお互いにあると企業として信念がある。それは商品の金額には依存しない。
補償が定額である場合は気持ちの上での意味がある、社会通念的な概念としての「特例としての返金」であることをしっかりと伝えなければならない。
当然のことだと勘違いしてもらっては困る。対応の一貫性を疑われる事になるから。

謝罪がなければ、お互いに非を認めず、相手を批判するばかりになる。
面白いのは、お互いにお互いを必要としているから、立ち去らないこと。
相手に変化を要求している状態であるにも関わらず、相手への依存をやめられずにいる。
そのくせ、相手に完璧であることを求めたりする。
特に、自分自身が完璧に義務や責任を果たしていればいるほど、他人に対しても完璧を要求しがちになる。
その態度や思考が、玉に瑕、唯一の、そして決定的な不完全。
社会とはもともと、矛盾で構成された汚物のようなもので、一番必要なのはお互いを許し合うことなのだから。完璧で自立した精神の在り方はとても立派で必要なことだけど、前提が抜けてちゃ勿体ねえ。

逆に言うと、謝罪も1つの”要求行為”であるということ。
謝罪の対義語をクレームだとして、クレームも金銭や補償を求める要求であり、双方の利害が合致する。
謝罪には誠意があるから自分たちとの関係を継続してくださいという依頼の意味もあるということ。

対等な立場であれば、先に謝罪をした者がその後の主導権を握る。謝罪とは二者の利害関係の駆け引きの延長線上にある。

そして言葉での謝罪にはいくつかの条件があるというのが常識
何に対する謝罪なのかハッキリと言う。 ある事案のうち、自分に非がある部分について謝り、その他については謝罪してはいけない。
あらゆるトラブル、たとえば器物を破損した、時間を無駄にした、金銭的損害を与えた、
それらについて企業・個人が補償が取りかねることはよくある。

相手が法的な措置に踏み切るかは相手の判断なので好きにさせればよい。補償について規約等に明記がない場合、現場担当者の一存となり、それを顧客がネットで体験談を読んだとか言って要求してくる場合、それを強要したらばそれは強要罪となり、顧客、企業ともにデメリットしかなく、
その顧客が補償された旨を知人などに話したことで一般に知れた場合、過去の事例との不整合が見つかれば信用問題にも発展しかねない。
という観点から謝罪に加え補償を要求された場合、必ずそれで納得できるかと、特例である旨を漏れなく伝えなければならない。

たとえば顧客に無理難題を言われている場合、謝る必要はない。
謝ってしまうと、改善する気があると期待させてしまう。それはお互いにデメリットになる。
改善は不可能である旨と、それを許容していただくようにと「依頼」するにとどめ、これは謝罪と分けないといけない。
顧客には「不満がありながらも使うしかない」「不満があるからやめる」のどちらかを選ばせる必要があり、その中間は全て貴重なお時間を無駄にされていますよ、とハッキリ言って構わないこともある。もちろん使い方を間違えれば火に油だけどw

いわゆる”クレーム”というのは相手に、相手の行動を変化させるよう促す手段であり、駆け引きの場であり、ニーズとニーズの裂け目、ちょうど顧客の層と層が千切れていく、非常に重要な指標。分析する頭が無ければ何も活かせないが、実験的な商品などについては特にこの分析工程が重要になってくる。そこは業種とかによって変わるだろうから何とも言えない。
他に代替手段のない顧客と企業のように相互に依存している関係で発生する。
クレームを日常的に取り扱う企業問題の処理と分析に明け暮れている第一線の人間の中で、
おそらく小中学生が主に見ているのだろうと思わざるを得ない、ツイッターなどによくあがっているコンビニ店員の愚痴のような昨今の日本のサービス業における行き過ぎた顧客主義に対する安易な批判の対象を顧客側のモラルに求めるようでは、それこそクレーマーと同レベルの思考法であると俺は考える。

現場レベルでいうと
至らなかった、未熟だった旨を伝える
すぐに改善できるものではないなら、軽々しく今後改善しますとか約束しない。少しずつ改善します、くらいにしとく。
そして今後どうするか伝える
申し訳なく思っていることを伝える
迷惑をかけていることを理解していることを伝える
何とか許してもらえないか、頼む姿勢を見せる
精一杯やった結果であることを伝える
まあ社会人として当然レベルのことができればそれで一般レベル1は習得できていると思う。素晴らしいです。

次に前向きに考えさせる メリット・デメリットをわけて伝え、現状を分かっている範囲で今後の展望を伝える
この辺はちょっと話術の才能がいるかもしれない。
あらゆる可能性を1つ1つ説明する
顧客にウソをついて安心させることは逆効果
顧客は、企業が思っているほど馬鹿ではなく、企業が思っているほど、企業に対して期待をしていない。
自分がどこにいるか分からないからこそ顧客は不安になったり、期待を裏切られたショックでどうすればいいかわからなくなり
興奮状態に陥ったり、
大企業というものは腰が重く、役所的になりがちなことを知っているからこそ、その突破口を探すために興奮状態を装う場合もある。
その筋の元ベテランいわく赤ちゃんを安心させてあやすみたいな感覚らしい。 

「辛いけど一緒にがんばろうぜ、俺も頑張るからよ」

 って事だと思うんですよね
辛いけど、がなければ偽善っぽくて無責任そうだし。

全てのネガティブな嫌な時間ってのも全て一時的なもので、ずっと続くわけじゃないし、必ずその後って、それ以上に悪くなりようがなくて絶対よくなるから、
今が嫌な時間だってことを忘れちまったほうがいい、あんまり考えすぎないほうがいいよってこと
起こってもいない悪いことを、起こるかもしれないとか言って心配するのも無駄だってこと
もっと楽観的にいろってこと そもそも今が良いとか悪いとか決めてるのは自分次第だし、先に良いことが待ってるって思ったら今も良いような気がするって、良いように良いように馬鹿になってったほうがずーっと楽。
それでも辛いときはいつでも未来のことだけ見てる脳天気な俺を見て笑えと

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