変な夢

変な夢を見たので小説風に書いてみた。

寂れた工場街にそびえる、住居者数20人にも満たない、廃墟寸前のマンモス団地の一棟には、幼い友達Aちゃんが住んでおり
近くに住んでいる私は毎日遊びにきていた
複雑な家庭環境で育ったAちゃんの仮親に、愛玩動物の餌やりを任される。
南国オウムやフェレット、熱帯魚といった生き物たちの入れ箱は、軍艦島の廃マンションみたく吹き抜けになった中庭で雑然と置かれている
浮浪者達が集まらないよう、空部屋の窓や余計な通路はベニヤ板で塞がれて、おおよそほとんどが漆黒の影で塗りつぶされた大きなコンクリート箱の内観に、
外からの強烈な太陽光が降り注いで、切り絵や版画、単色のステンドグラスのように強烈なコンストラストを意図せずに生み出している
実のところ、浮浪者対策は建前で、ここに住んでいる陰気な住人たちは太陽の光を嫌うという理由によって薄暗く調光されていることを私は知っている
引きこもりや病人ばかりの中で、一番外出をよくする住人は薬物中毒患者のように色白で痩せこけ、週に1回酒を買いに行くだけ。
私たちを除いてたった一人、健康な住人といえばAちゃんの仮親で、いつもま白いスーツを着て土地やお金のことを考えている。
ここに飼われている動物たちが一番健康だというのは一体何の象徴だろう。彼らは時折、私たち人間を憐れむような眼さえする。
背の低いAちゃんを抱きかかえ、吊り下げられたオウムの籠に手が届くようにしてやる。
ぎこちない手つきにオウムの鋭いクチバシが触れそうになるのを私は危ぶむ。
ふと空を見上げると四角い空。閉じ込められているのは私たちも同じ。
Aちゃんが言った
「ここには魔物が住んでいる。私にだけ見えるの」
戯言。
「そいつはいいや」
「出てきなよ、鬼さんこちら」
反応はない。「そんなもの居ないよね」っていうと、Aちゃん
「すぐ傍にいるからわざわざ返事をしないんだよ」っていう。
辺りを見回すと腐った血のような色をしたタールがこびりついた床、壁、その向こう側にいる死んだ目をした住人達。言われてみれば、というやつだ。

餌やりを終えて長い階段を登りきると、仮親がAちゃんを探しているのが遠目に見えた。
きっとまたお使いを頼まれるんだ。嫌だなぁ、逃げちゃおう。あの人、キライ。
逃げ込んだ先は嵐谷部屋。一番まともな大人の人。突然おかしなことを言い出すから、”未来人”って事にしてる。

「いらっしゃい。今日も逃げてるのか。あ、そうだ」
「知ってる?この団地では天井裏に行けば違う世界にいけるんだよ」
眉唾ものだが退屈してる私たちは面白がって嵐谷んちの前にある整備用の蓋を開けてよじ登った。

降りてみると、そこは知らない部屋だった。
綺麗な畳。黴臭くない空気、湿気でゆがんでいない建具、排気ガスで黒ずんでいないカーテン。すすけていない窓。
ここは、あの団地ですらない。あの団地の部屋はどこも汚かったから。
本当にワープしてしまった。私たち2人は恐ろしくなりはじめたところで間抜けた声が聞こえた
「ここ、私の部屋だ」
誰かと思えば嵐谷だった。
「ついてきてたの。なんで」
「私も逃げ出したかったから」
そんな風には見えない人だったけど、まあいいか。
「どうみてもダニーの部屋じゃないよ」
「いや、この間取り」
快適そうなコタツ。少し離れた場所にシワ1つないシーツに包まれた布団が敷かれている。
藤の箪笥。机の上には随分と古いが、マッキントッシュのコンピューター。
「あなたたちもその穴から来たの」
髪が長くて身なりの整った若い女が奥間から盆に乗った煎茶を3つ持ってごく自然に現れた。
「そうなんですよ!」
不法侵入。その4文字がさっきから頭の中に浮かんでいた私は大きな声を出して家主風の女をけん制せんとした。
「そう。逃げ出したかったのね」
「誰にでもそういうことはあるし」
「あなたはまだ幼いわね。可哀相に」
慈しみの眼差しを向けられたAちゃんは、何者だてめえ、って言いたげに一度女を睨んだが女は瞳を閉じて視線を切るだけだった
「好きなだけここにいればいいわ。どこかに出かけてもいい。」
「ありがとうございます。ところで、つかぬことをお訊きしますが」
「この枕元に置かれたスピーカーは何の意味があって動いているんでしょうか」
小さな車輪がモーターで駆動し、30㎝定規ほどの奥行きを持ったスピーカーが前後左右に不規則に
まるで舞踊のように微動しながら小音で西洋の鎮魂歌を演奏している。極めて奇妙である。
「あいつ、本当に自殺しちゃったからね。まっすぐな人をからかっちゃいけないって意味。これは、再現してるんだよ」
誰が、何を、と言いかけて飲み込んだ。
Aちゃんはコンピューターなど弄ぼうとしているのをぼんやりと眺める。
古い型。ゾクリとする。今は、一体 いつなのかと思うと。
「このコンピューターはね、もう2度と起こらないように手記を書いているのよ」
「どんぶらこ、どんぶらこってね」

水の上で揺れる船を表す擬態語を聞いてピンと来た。
ああ、そういうこと
揺れる鎮魂歌
シワ1つない、真っ白な布団。一枚のま白い布切れが枕元に置かれているのは
死んでしまった誰かが、三途の川を船でわたっていく様子を再現しているんだ。
成仏できるようにって。
それなら誰も居ないこの布団の上にも、誰かが居るのだろうか。

何となく手を合わせて、コタツにもぐりこんだ。
考えるのはあとにしよう。
今はただ、綺麗な畳の上に寝転がれることを幸福に思おう。
「はやりん、ここ私の部屋」
「わかってる」
天井を見つめて何かを考え始めてしまうと余計に訳が分からなくなって頭がおかしくなりそうだ。
ぎゅっと目を閉じて、何も考えないようにする。
ただ今あるのは、死んだ誰かへの弔意だけ。
それが誰であれ。

きっとその人は、私たちみたいに逃げ出すことができなかったんだって、想像しながら私は眠りについた。
それはすごくつらかったんじゃないかって
ここの家主が奇妙な儀式を思いついちゃうくらいに。
そして、ここが過去の世界だとして、嵐谷も、私も、そんなこと知らずにその人が住んでいた場所に暮らしていたってことが
あまりにも残酷で
あまりにも寂しくて
考えるだけで涙が出てきて それを嵐谷にも家主にも見られたくなくて、もう一度目をぎゅうと閉じたら、かえって目頭からあふれてきたのを、
Aちゃんだけが見ていて、小さな声で言った
「いいよ」 その時の声も目も、私と3つしか変わらない7歳の少女とは思えない深みがあって
Aちゃんにだけ見えるものがあって、幽霊とか、浮遊する思念というものが、幼い子供にだけ心を開いているとするなら、
その人は確かに瞳の中に居たのを私は見た。

いい、なんて寂しいこと言わないで。
謝らせて
呪ってよ
許さないで
いかないで
傍に居て
川なんて渡らないで

故人と深い仲だったのであろう家主は、真っすぐにそれと向き合っているようだけど
女なら泣き崩れてもいいんだし、女なら形見を手にして時々思い出すくらいになったっていい。
女だてらにコンピューターが得意そうで書棚の難解そうな哲学書なんかが気性を物語っているけれど
辛い時だけは たった独りの女の子に戻ってしまえばいいのに 全く 不器用な人なんだ。
でもまったくもって立派で 強がりの 馬鹿な人。

「一人で大丈夫?」って逝く人は言ったのだろう。
「頑張るよ」って見送る人、つまりこの家主が、言ったのかどうかわからない

もし言っていたら、私がこんな世界に迷い込む必要だってないはずだ
Aちゃんのいうとおり、あの団地には魔物が住んでいるなら、今はまだ綺麗なこの団地が病んで呪われていく過程の根幹がきっとこの瞬間にあるはず。
私の予想が正しければ、このあと、きっとこの家主は不幸な死に方をしたのだ。

Aちゃんはコンピューターの画面に浮かび上がる「もう2度とこんなことが起こらないようにするための手記」を読んでいる。
その結果に期待しながら、私はノンレム睡眠に落ちることにする。

つづく

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